| 前回は東京モノレールに乗って、そして今回は京浜急行電鉄(略して、京急)でやって来たのは、二度目の羽田空港国内線旅客ターミナル(略して、BIG BIRD)。他のブログが、ゴールデンウィーク(略して、GW)の出来事を載せてゆく中、まるでコピーアンドペースト(略して、コピペ)したかのような内容ではございますが、「熊本行きの飛行機に搭乗するまでの空いた時間の過ごし方」(略して、暇つぶし)の様子をご覧ください。※()内の読み方:(小堺、『ごきげんよう』観覧者)の順。 |
| 今回は「SKYMARK」ではなく「JAL」で帰るようです。 |
| 搭乗手続きも済ませ、ここからは搭乗までの時間を過ごす様子をご覧ください。まずはお土産探し。向かうは、wakoさんオススメ東京お土産NO.1、ねんりん家のバームクーヘン。 |
| 焼き菓子バームクーヘン ねんりん家/和のねんりん家 |
| 羽田空港 第1ターミナルビル店 【住所】 東京都大田区羽田空港3-3-2 羽田空港第1ターミナル2F特選和菓子館 【営業時間】 6:00〜20:00 年中無休 【HP】 焼き菓子バームクーヘン ねんりん家 http://www.nenrinya.jp |
| エスカレーターで3階へ行き、そこからはエレベーターで5階まで上がります。 |
| 続いてやって来たのは、こちらもwakoさんオススメの、店内から滑走路が見渡せるレストラン、AIR TERMINAL GRILL KIHACHI。 |
| wakoさんが食べているのは「トライフルセット」¥1.050。 |
| AIR TERMINAL GRILL KIHACHI |
| 羽田空港 第1ターミナルビル店 【住所】 東京都大田区羽田空港3-3-2 第1旅客ターミナルビル マーケットプレイス5階 【営業時間】 11:00〜21:00(L.O.20:30) 年中無休 【HP】 KIHACHI http://www.kihachi.jp |
| wakoさんとは保安検査場でお別れです。夏・冬と2度も、貴重な東京滞在時間を、当ブログのためにご協力いただいたwakoさん。ありがとうございました。 「ありがとう、wakoさん。さようなら、wakoさん。」 ここからは羽田空港第1ターミナル展望デッキにて、まるでエベレスト登山にハイキングの服装で参加したかのように、三脚とフラッシュを装備し、立派なレンズの付いたカメラをお持ちのみなさんの中に、ちゃっかりと混じって、wakoさんを乗せた飛行機をお見送りする様子をご覧ください。 |
| 前回同様今回も展望デッキより、涙がキラリな感動のお見送りシーン満載でお届けする予定でしたが、外は暗く(撮影時2月上旬)しかも飛行場に駐機しているのがJALばかりで、どれが熊本行きなのか判別がつきませんでしたので、予定を変更し、まったくこれまでの流れとは関係のない、富士山(たぶん)のシルエットを見ながら、「雄大な富士山(たぶん)をバックに」なんてお決まりのフレーズでプチ復活を締めくくらせていたたきます。 |
| 平成24年4月1日、全国で20番目の政令指定都市の仲間入りをした熊本市。ということで今回からスタートいたしました「KUMAMOTO4/59」。熊本市5区の中から、毎回厳選した街の風景をカッシーノちゃんがご紹介していきます。記念すべき第1回は、熊本市の真ん中、中央区上通町にあるお洒落なお店、casino(カッシーノ)さんです。 |
| casinoのお店の前には井戸があり、昔はなんと熊本城まで繋がっていました!この井戸は「櫻の井戸」といいます。 この周辺は、かつて武家屋敷だった場所です。お店の前の道は桜井町通りといいます。櫻の井戸の通りという意味で、この道はお城へと続く道となっています。 |
| 櫻の井戸 |
| 加藤清正公は有事に備えて、城下の要所に櫻の井戸を造った。中でも知行一万石の家老有吉家の屋敷(当敷地の向い側)を始め周辺の井戸水は茶の湯に最適とされ、城中でも重宝されたという。細川藩の宝暦十年の古地図によればここは藩士永田九佐衛門、古庄次郎助両家の居宅であった。櫻井町の旧町名は櫻の井戸から名付けられたもので、この井戸は手取神社境内のもの等と共に櫻の井戸の一つである。 |
| 櫻の井戸の隣には大きな木もあり、とても心落ち着く場所にcasinoはあります。ゆっくりとお買いものしていただきたいとの願いからこの場所にお店を開きました。城下町として栄えてきたこの場所には、ずーっと昔から様々な思いが込められていると思います。casinoの願いは、どんな時代が訪れても女性が素敵に自分を保てるためのお手伝いをさせていただきたいと思っています。いつまでもその思いが続くよう願っています。熊本にお立寄りの際には、ぜひお越しください。 |
| casino |
|
【住所】 熊本県熊本市中央区上通町5-20 上通セントラルハイツ1F 111-B 【営業時間】 12:00 OPEN / 20:00 CLOSE 不定休 【wakoさんBlog】 casino http://www.muchcolor.com/blog/casino/index.php |
今週の動くwakoさん(0:42から)
| 「あれ?これってお店の宣伝じゃね?」 そんなことが脳裏をよぎりつつ、次回は「水前寺公園を365歩のマーチ」の巻。どうぞご期待ください――――――といきたいところですが、そちらにつきましては、熊本にお住まいの方のブログにてお楽しみください。 さて、2度に渡りお送りしてまいりましたプチ復活も、今回をもちまして終了となります。そしてこのブログも、今後しばらくの間、休止することとなりました。 ご存知ように、このブログは記事に書き込まれた応援コメントの件数に応じて活動費が支給されるといったシステムではないので、モデルさんといっても、「ギャラなし・交通費なし・得もなし」のないないずくしの中、皆さんボランティアで快くご協力してくださったおかげでここまでどうにか続けることができました。こうしてどこかの首相以上に、次々と代わってきた当ブログのモデルさんでしたが、遂に次に引き受けてくださる方がいなくなってしまいました。 そんな訳で次週より休止となりますが、またいつの日か、皆さまにお会いできる日がまいりましたら、どうぞこれまでと変わらずご覧くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。 これまでご覧頂き本当にありがとうございました。 次回「上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています」の巻。お楽しみに! |
今週のBGM
バニラビーンズ 『 ニコラ 』
| かなり強引に、お送りしてまいりました日本橋界隈ジャングル・ウォークも今回がラスト。これまでキリン、ゾウ、麒麟、獅子、ライオン、キツネと様々な野生動物を観察してきましたが、最後を飾るのは、「せんべいをあげたい動物NO.1(奈良県調べ)」でお馴染みの、この動物です。
※画像は意味なしセピア調です。 |
【ニホンジカ】 シカ科
Cervus nippon
Shika Deer
体長110〜170センチ、尾長8〜20センチ、体高80〜107センチ、体重49〜80キロ(ホンシュウジカ)、角は成獣でふつう4枝(ヤクシカは第4枝を欠く)。体は夏期には赤褐色で白斑があり、冬期には灰色がかり白斑はない(タイワンジカは冬期でも白斑がある)。群れをなして森林とひらけた草地のある場所に生息し、昼間は森林内でやすみ、早朝と夕刻に草地で採食する。妊娠期間は約230日、出産は5〜6月、1産1子まれに2子。日本(北海道、本州、四国、九州、五島列島、屋久島、馬毛島)、ウスリー、朝鮮半島、中国、台湾、ベトナムに分布。
世界文化社刊 『改訂新版 世界文化生物大図鑑 生物 哺乳類・爬虫類・両生類』
シカは奈良・春日神社の神の使わしめ。これは春日の神が常陸鹿島からシカに乗って三笠山に来たという『日本書紀』の説話にもとづく。シカ肉がさかんに食用とされた江戸時代でも、春日ではこの獣の殺生を禁じ、やむをえず薬用にするときには神主の許可を必要としたという。毎年秋の彼岸には「シカの角切り」という行事が催される。これは繁殖期で気の荒くなったシカによる危険を防ぐために1671年(寛文11年)からはじめられたもの。なお広島の厳島神社も、シカを神獣視することで知られている。
平凡社刊 荒俣宏著 『世界大博物図鑑(5)哺乳類』
| これで終ったかのようなジャングル・ウォーク。しかしwakoさんの行く手には、新たな茶番が待ち受けていたのであった。その“まさか”の結末とは!? 次回、水曜スペシャル「羽田沖でナゾの大きな鳥(ビッグバード)とそれに群がる鶴の群れを見た!」をどうぞお楽しみに! |
今週のBGM
ミドリカワ書房 『 リンゴガール 』
| 日本橋三越をあとにし、途中、奈良県の観光案内や文化講座の開催などを行う奈良県の情報発信拠点「奈良まほろば館」の前にいた人の顔したシカ(通称:せんとくん)と戯れていると、気づけばタイムリミットまであと14分。あともう一箇所訪れたい場所があるので、再び日本橋へ向かいます。 |
| 中央通りのこの先は京橋・銀座・新橋へと続いています。 |
| 日本橋を渡り、カドに創業1566年、老舗の寝具専門店「日本橋西川」が見えてきたところで、左折します。これまでずっと歩いてきた中央通りともここでお別れ。 |
| 左折した道を進むとその先は昭和通り。日本橋界隈で最後に訪れる場所、日本橋郵便局が見えてきました。残り時間10分。とりあえず歩道橋へ向かいます。 |
| 日本橋郵便局の隣の建物は三菱倉庫本社(旧江戸橋倉庫ビル)です。 |
| この写真を見ると、どこにでもある普通の郵便局のようですが、日本橋郵便局は明治4年3月1日(1871年4月20日)、日本に新式郵便制度が発足した時に駅逓司と東京の郵便役所が置かれた場所で、「郵便発祥の地」とされています。 |
| もうひとつあったポストは何故か豪華デラックス版。 |
| そしてポストの上には大玉送り風の像。 |
| 残り時間はあと3分。日本橋駅まで急ぎます。 |
| ひとつ上の写真のサラリーマンのちょっと先の窪んだ所に、日本近代郵便の父・前島密の胸像が密かにあります。 |
| 日本橋駅入口に到着。残りわずか2分。 エアポート快特に乗車することは、もはや絶望的かと思われたその時、奇跡が――――――。 |
| 的なこともなく、ギリギリセーフで15時41分日本橋駅着の羽田行きエアポート快特に乗ることができましたとさ。めでたしめでたし。
ということで向かうはもちろん羽田空港。デパート屋上のはしごをさせられるわ、最後には駅まで全力疾走させられるわで、TOKYO239のおかげで、とんだ一日送るwakoさんとも次回でお別れ。 「さようならwakoさん、さようならTOKYO239」に乞うご期待。 |
| 日本橋界隈のもうひとつの老舗デパート日本橋三越。三井高利が越後屋呉服店を開いたのが始まりで、当時では画期的な商法を次々と打ち出し、庶民の心を捉えたとのこと。そんな日本のデパート(百貨店)の元祖であり、御子様洋食(お子様ランチは上野松坂屋が命名らしい)の元祖でもある日本橋三越本店(写真は新館)を訪れてみます。
忘れるところでした。今回も長いうえに、日本橋三越といっても屋上しか行ってません。 |
【ライオン】 ネコ科
Panthera leo
Lion
雄は頭胴長170〜190センチ、尾長90〜105センチ、体高90〜100センチ、体重150〜250キロ。雌は雄よりやや小さい。体毛は黄褐色で短く、尾の先端のふさ毛と雄のたてがみが特徴。草原に生息する。木登り、泳ぎともたくみで、ふつうは夕暮れから活動するが、昼行性の傾向もつよい。ネコ科にめずらしく雄1〜3頭に多数の雌と子供からなる10〜30頭の雄中心の社会的な集団をつくり、アフリカスイギュウやクロサイをおそうときには雌どうしが協力する。雄は獲物をとることは少ない。大型獲物の捕殺にすぐれ、足をすくってのどや鼻先をかんで窒息させる。通年繁殖で2〜4週間ごとに1〜14日発情し、妊娠期間は105〜110日で、1産1〜6子。寿命は約20年。現在ではアフリカ中央部、インドのギール森林に分布。
世界文化社刊 『改訂新版 世界文化生物大図鑑 生物 哺乳類・爬虫類・両生類』
ライオンが日本に初めて渡来したのは1866年(慶応2年)で、正月に江戸の芝白金清正公廟所門前のあき地で雌1頭が見世物にされた。上野動物園には1902年(明治35年)1月、ドイツのハーゲンベック動物園から購入した雌雄各1頭が到着し、珍獣として大変な人気を博した。雄が4歳、雌が3歳であったという。以後はたびたび渡来するようになり、国内で繁殖も行なわれた。なかでも1907〜08年にあいついで舶来した京都市立記念動物園の雌雄は1910年(明治43年)以降さかんに繁殖し、各地の動物園や巡回動物園などに子供を譲る功績大であったという。また最初の出産のさい、鉄柵の外にほうり出された1頭を、畜養主任(のちの園長)鈴鹿通治氏が家にもち帰り、人工飼育に成功した。
平凡社刊 荒俣宏著 『世界大博物図鑑(5)哺乳類』
| 催しがあれば、人が集まるであろう屋上ステージも、この日はご覧のとおり。 |
| 墨田区向島にある三圍(みめぐり)神社の分祀。商売繁盛と幸運をもたらす神とのことなので、熊本にてお店を営むwakoさんもここでお参り。 |
| 大黒神さま、熊本のお店casinoが、いや、違います。カジノではありません。カッシーノです。そうです、そうです。最近、政令指定都市になったでお馴染みの熊本市の中通町にあるお店です・・・。 |
【キツネ】 食肉目 イヌ科
Vulpes
Fox
属名ウルペスは、キツネを示すラテン語。中国名の狐は「孤立」を示す。キツネは疑いぶかいため、動物たちのあいだで孤立してしまうことにちなむ。またキツネはよく虚実を知る動物とされることから、虚でもって実を孤立させることを称したともいう。和名のキツネは古くキツと称し、そのなき声にちなむといわれる。ただし『東雅』では臭い犬、『和訓栞』は黄色いネコの意と説いている。
日本では古くからキツネは穀物神として信仰され、京都伏見の稲荷神社を中心に全国に広がる稲荷信仰も、豊穣神である稲荷の神使としてキツネを崇める農民の風習である。京都伏見神社など稲荷を祀る神社には、商人など現世利益を願う参拝者も多い。これは富の象徴とされる密教の秘神ダキニが中世以来、稲荷神社と同一視されたことによる。それとともにダキニ=白狐とする信仰も発生した。
キツネが稲荷の神の使いとされたことについて、柳田国男は田の神の祭場である未開地にキツネが多くすんでいたためだとしている。いっぽう『狐』を著した民俗学者吉野裕子氏は、稲荷を開祖と伝える山城国の秦氏が古代日本最大の大陸渡来民族であることに着目、キツネが稲荷信仰の対象となったのは、大陸伝来のキツネ観によるのではないか、という説をたてている。すなわち中国の陰陽五行思想によれば、キツネは体色との連想から「土徳」のもち主とされ、大地を祀る社である后土との結びつきが深い。そこで日本に稲荷信仰が生じたさい、穀物を守護する大地のシンボルとしてキツネが選ばれたのだろうという。
平凡社刊 荒俣宏著 『世界大博物図鑑(5)哺乳類』
| casinoでは現在、代官山で人気のCurly Collectionフェアを22日(日)まで開催中なのですが、どうか多くのお客さまがご来店くださいますように・・・・・。 |
| 以上、今週のステルスマーケティングのコーナーでした。 |
| 三圍神社 |
| 三圍神社縁起
今から六四五年程前の文和年間、近江三井寺の僧源慶が東国を巡鍚中、隅田川牛島のほとりの弘法大師建立になる、荒れはてた小堂に立寄った際、その床より現れた壷をあけるとその中より忽然と白狐が現れ壷の中の宇迦之御魂命の神像のまわりを三度めぐっていずこともなく消え去ったので爾今この社を「みめぐり」(三圍)とよばれるようになったと伝えられております。 また元禄六年の旱魃の際俳聖其角は、この社に「夕立や田を三めぐりの神ならば」と一句献じますと、翌日早速雨が降ったといわれております。 爾来何でも願い事の叶う縁起のよい神として、大正三年九月二十一日、当屋上に遷座されて以来広く庶民より崇められております。 活動大黒天縁起 三圍神社本社境内にある大黒神は、隅田川七福神の一つとして広く知られております。 当屋上に奉斎する大黒天は「活動大黒天」といわれ、福徳を授かる動的な御姿をあらわし、台所を司る神として広く崇められております。ご利益を祈願すると、その霊験あらたかな「三圍神社」及び「活動大黒天」は、商売繁盛と幸運をもたらす神として、江戸時代より庶民に親しまれ敬愛されております。 |
| 「Quality of life 植物と共に潤いのある生活」をコンセプトに季節の植物や園芸講座、展示会、庭の相談など花と緑に関する様々な提案をするショップ、チェルシーガーデン。 |
| 夏目漱石の作品には、越後屋呉服店、三越呉服店、百貨店三越とたびたび三越が登場したことから、漱石ゆかりの場所である日本橋本店屋上に、石碑を設置したそうです。 |
| 日本橋三越本店の現在の建物は、1935年(昭和10年)、6年の歳月を費やし増築改修されたもので、完成当時は国会議事堂や丸ビルに次ぐ大建築だったとか。今では新館や日本橋三井タワーやCOREDO室町といった高層ビルに囲まれてしまい、決して見晴らしがいい場所とはいきませんが、それでも広々として、のんびりできる屋上でした。と言いながら、のんびりすることなくそそくさと屋上をあとにします。
残り時間は、あと22分。次回、「日本橋界隈」もいよいよラスト。日本橋界隈で最後に遭遇した野生動物とは?そして15:41に日本橋駅に到着する羽田へ向かうエアポート快特に、はたして乗ることができたのか!? 緊迫の次回、『そりゃもちろん、間に合いましたよ』。ご期待ください。 |
今週のBGM
土岐麻子 『 乱反射ガール 』
| イタリア産赤大理石柱が並ぶ三越前駅地下コンコース。この地下コンコース壁面には、200年前の日本橋が克明に描かれた貴重な絵巻物『熈代勝覧(きだいしょうらん)』の複製絵巻が常設されています。 |
| 日本橋界隈編のトップで使用している画像は、ここで展示されていたものを使用しました。 |
| wakoさんが訪れた2月には、改修工事中で白く覆われていたので撮影できなかった日本橋三越。 |
| 一粒で100m走る勢いの黄金に輝く全裸の男性。これはイタリアの商売の神様で、マーキュリーというそうです。
・・・・あえて見るまでもなかったですね。 |
| 子供の頃、この橋にいる獅子と麒麟が怖く、親にしがみつき、目をつぶって渡った記憶のある日本橋。そんな想い出のある日本橋を、目をかっ開いていろいろ見て周ってきた様子をご覧ください。
あ、言い忘れておりました。今回も長いです。またもや無駄に。 |

| どーでもいい標識に目が行ってしまいますが、うしろのK&Kの建物。1712年(正徳2年)創業の300年の歴史を誇る食品・酒類の総合問屋、国分株式会社の住所は中央区日本橋1-1-1。 |

| ※紛らわしいですが下が日本橋で、上は首都高速都心環状線です。 |

| ※人が歩き車が走っている方が日本橋で、上は首都高速都心環状線です。 |

| ※「日本橋」と表示されてますが、上は首都高速都心環状線です。 |

| 橋の四隅の親柱には「守護」を表す獅子がいます。ちなみに獅子が前足で持っているのは東京都の紋章です。 |

| ※しつこいようですが、下が日本橋で、上は首都高速都心環状線です。 |

| 1603年(慶長8年)の架橋以来、江戸から東海道など五街道に向かう起点であり、今も日本の道の起点である重要文化財「日本橋」。19回の架け替えと大改修を経て、1911年(明治44年)に現在の石造二連アーチ橋に架け替えられたこの20代目の日本橋も、2011年で架橋100周年。そんな歴史があって風格もありながら、その上を首都高速都心環状線に覆いかぶされてしまって、ちょっぴりかわいそうな橋でもあります。 |

| 橋の中央柱には、五街道の起点であることから「ここから羽ばたく」という意味を込め、「繁栄」を表す大きな翼を持った麒麟がいます。 |
【麒麟】
名の由来は、麒麟の麒は傀(かい)と通じ、大きいの意。つまり麒麟とは燐光を発する大きなシカを示す。
中国の想像の瑞獣。一般に形は麕(くじか)に似て、ウシの尾、ウマの蹄と1角をもつといわれる。爬虫類の龍によく似ているが、4肢に蹄がある点で哺乳類と見分けられる。
体から5色の燐光を放ち、腹の下は黄色。角の端は肉でおおわれ攻撃には用いない。生きた草や虫を踏まず、常に単独で行動する。よく麒麟の絵に、足をツンと曲げて飛ぶように歩く姿が描かれるが、これぞ草や虫を踏むまいとする心配りを示すものだ。この心やさしい幻獣を英語ではユニコーンにあてるが、ユニコーンは凶暴な幻獣の代表だから、両方を結びつけるのは性格的に無理だ。なお麒麟は落とし穴や網などの罠にかかることは決してない。また、麒麟は転んだこともない。
『三才図会』によれば、この獣の雌を麒、雄を麟と称し、角のあるほうが雄、すなわち麟だという。しかし『瑞応図』では逆に雄を麒、雌を麟とよぶとしている。日本にも古く仁をもつ霊獣として広くその存在が知られていた。
麒麟とアフリカに分布するキリンとは元来まったく別物であるが、中国では明代のころからキリンがたびたび渡来するようになり、古く伝えられる麒麟の姿とよく似たこの動物に同じ名称が用いられるようになったらしい。
平凡社刊 荒俣宏著 『世界大博物図鑑(5)哺乳類』

| ※くどいようですが、下が日本橋で、上は首都高速都心環状線です。 |
| 日本国道路元標 |
| 日本橋は1603年に創架され、江戸幕府により五街道の起点として定められました。現在の日本橋は1911年に架橋されたルネサンス様式の石造二連アーチ橋で、四隅の親柱の銘板に刻まれた「日本橋」及び「にほんはし」の文字は最後の将軍・徳川慶喜公の揮毫によるものです。1972年、日本橋中央の「東京市道路元標」がこの広場に移設・保存されました。その据えられていた跡には、内閣総理大臣佐藤栄作氏(後にノーベル平和賞受賞)の揮毫による「日本国道路元標」が埋標されました(1枚目の写真を参照)。この複製も同時に制作・設置されたものです。東京市道路元標は、1999年に米寿を祝う日本橋とともに国の重要文化財に指定されています。 |
【獅子】
古くは中国に伝わる想像の瑞獣(ずいじゅう)。かつてアラビアやインド地方に生息していたライオンを原型にしたものといわれる。『本草綱目』によれば、獅子は西域諸国に産し、百獣の長としてトラ、ヒョウをも食べてしまう。体色は黄金色、または青色を呈し、頭が大きく尾が長く、1日に500里を走るという。これをみてもわかるように、獅子とは、ライオンに関する虚実混濁した情報の所産といえよう。
日本にも獅子は瑞獣として伝えられ、宮殿や仏寺の前面に石造の獅子1対を配して魔よけとする中国伝来の風習も広まった。のちには、神社の社殿前などに置くものを、一般に狛犬とよぶようになるが、これも本来は獅子・狛犬といって、両者を向かい合わせに配する習俗が変化したものらしい。さらに日本最古の民俗芸能である獅子舞も、獅子の姿をかりて邪悪なものをはらう儀式として、奈良・平安期に唐からもたらされた。
また同時に、密教美術の影響を受けた日本の獅子の図像は、頭部や尾部に大量の毛が火焔状に渦巻き、胴体には文様がいくつも描かれるなど、日本独特ともいえる姿に定着していく。
ちなみに、玉をもてあそぶ獅子の由来が奇怪である。中国の古い伝承によると、獅子は前足の先から乳を分泌する。そこで人びとは獅子に玉を与えることを考えついた。獅子が玉を見つけ、これを前足で転がして遊ぶうちに、玉の内に乳がたまるという。これは人びとに生活の糧を与える慈悲ぶかい獣のシンボルだ。
平凡社刊 荒俣宏著 『世界大博物図鑑(5)哺乳類』

| 麒麟は繁栄、獅子は守護。そして「平和」を表す鳩の像・・・ではなく、たまたま日本橋でひと休み中の、どこにでもいる普通のハト。特に日本橋とは関係ありません。 |
| 日本橋魚河岸記念碑 |
| 江戸時代初期に、摂津から佃島に移り住んだ漁師たちが、将軍や諸大名へ調達した御膳御肴の残りを、舟板の上で並べて一般に売り出したことが日本橋魚河岸の始まりです。関東大震災後に築地に移転するまで、ここが江戸および東京の台所として活況を呈していました。 |
| 日本橋の脇にひっそりとある日本橋魚河岸記念碑のギョロっとした乙姫像の目が、実は獅子や麒麟や何よりも怖かったことを知ったところで、今回は終了。羽田へ向かうエアポート快特が日本橋駅に到着する15:41まで残りあと34分。刻々とタイムリミットが迫る中、次に向かった場所とは? 次回『three cheers for our side〜2度も屋上へ行くつもりじゃなかった』。乞うご期待。 |
今週のBGM
capsule 『 Sugarless GiRL 』
| はじめに言っておきます。今回、長いです。それも無駄に。 とういうことで、今回訪れたのは、前回の丸善の中央通りを挟んでお向かいさん、1933年(昭和8年)開店の日本橋のシンボル、バラのマークの日本橋高島屋です。 |

| 高島屋のローズちゃんとwakoさん |

| デパートといえば屋上ということで、デパ地下や他の階には目もくれず、エレベーターで一気にトップアイランド(屋上のことです)までやって来ました。まずは、1950年(昭和25年)頃からずっと、この場所にあるという「屋上噴水」(ウィストパークガーデン)。 |

| しかし子供が楽しめるような遊園地的要素は一切なく、空が拡がるのんびりとした空間に。それにしても誰もいない・・・。 |

| 続いて訪れたのはイーストパークガーデン。こちらには「犬の生活」とコラボレーションしたドッグパークがあります。東京一、空に近い屋上のドッグランができるエリアです。(※ご利用は会員登録が必要です) |

| とここで、いきなりですが野生動物の姿が、ドッグパークの奥に見えてきました。 もうお気づきですね?そう、今回ご紹介するのは、昭和25年7月タイから日本橋へやって来た1歳半の雌の子ゾウ、その名も「高子」。昭和25年から4年間、屋上で飼われ(その後昭和33年多摩動物公園へ)、当時「象のいる百貨店」として人気者だった子ゾウの高子も、今ではすっかり換気口へと姿を変えてはいますが、健在です。 |

| 子ゾウの高子とwakoさん |

| この場所がドックパークだと証明するため、仕込んだかのよなミニチュアダックスフンド。 |
【ゾウ】 ゾウ科
Elephantidae
長鼻目は4000万年もの歴史をもち、かつてはオーストラリアをのぞくすべての大陸に分布したが、現在はこのゾウ科に属する2種がアフリカと南アジアに分布するだけとなった。体高3.2〜4.1メートル、体重5.4〜6トン。地上で最大のグループである。体は灰色で、皮膚はほとんど裸出していて、毛はまばらにしかない。尾の先とまつ毛は長い。上くちびると上鼻が一体となり長くのびている。この鼻は中心に2本の孔(あな)がとおり、呼吸、嗅覚、飲水などに役だつ。また人間の手に相当するほど器用にうごかすことができ、食物をひきよせたり、ひろいあげたりして口へはこぶ。水も一度鼻孔に吸いあげてから口へとそそぎこむ。牙は切歯の変化したもので、歯根はなく、一生のびつづける。歯式はI1/0、C0/0、PM3/3、M3/3で、牙以外は臼歯があるのみ。この臼歯も6本が同時にあるのではなく、水平脱換という独特の方法でぬけかわるため、常時1〜2本しかない。アフリカゾウとアジアゾウの相違は、耳、背中のカーブ、牙のようす、鼻の先端などにみられる。鼻の先端はアフリカゾウは二つ、アジアゾウは一つの突起があり、物をつまむのに役だつ。森林や草原に雌を中心とした群れですむが、牙を目当ての密猟によりひどく減少している。
[アジアゾウ] ゾウ科
Elephas maximus
Asian Elephant
牙は雄だけにめだち、雌では口の外へでることはまれ。牙の最長記録は3.02メートル。耳は小型で、成獣では上縁が前方へたれさがる。森林に群れですみ、1日のうち18時間も食事をする。主食は樹葉と草。妊娠期間は18〜22ヵ月。57年間の長期飼育例での推定年齢は69歳。哺乳類では人間についで長命の動物と考えられる。かつては中国東部から東南アジア、インド、イランにかけて広く分布していたが、現在ではごく限られた地域だけに少数がのこっている。
世界文化社刊 『改訂新版 世界文化生物大図鑑 生物 哺乳類・爬虫類・両生類』
文献にみえるゾウの日本初渡来は1408年(応永15年)。その後ゾウはたびたび渡来するようになった。なかでも有名なのが1728年(享保13年)6月7日、安南から長崎の町に到着した雌雄2頭のゾウである。しかし雌は甘いものを食べ過ぎたためか舌に腫れものができ、長崎で死んでしまった。いっぽう雄は翌享保14年3月に長崎を出発、5月25日に無事江戸に到着し徳川吉宗の上覧に付された。その後このゾウは浜御殿に飼われ、吉宗のほか諸大名の見物に供するためしばしば江戸城へ連れてこられた。しかし1741年(寛保元年)、飼養に経費がかかりすぎることから、中野村の源助という農夫に引き渡されたが、翌年21歳で病死した。その頭骨は源助の子孫によって、中野の宝仙寺に納められ今に伝えられている。
平凡社刊 荒俣宏著 『世界大博物図鑑(5)哺乳類』

| 「靴まで履き替えたというのに・・・あれがゾウだなんて・・・」 |

| 撮影時1Fエントランスで展示されていたお雛様とwakoさん
結局、何も買うこともなく、喉かな屋上を見ただけで日本橋高島屋をあとにし、先へ進みます。 |

| 14:45頃、中央通り沿いを歩く皆さんとwakoさん |

| 途中、道往くサラリーマン達に「何でこんな何でもないような所で撮ってるんだろう?」、「さぁ?」なんて言われつつ、歩くwakoさんの姿を撮りながら、中央通りと永代通りの交差点まで来たとこで、見えてきたのは、1999年に閉店した東急百貨店の跡地に、2004年にオープンしたCOREDO日本橋(コレド日本橋)。という訳で勿論次回は―。 |

| そんな働く女性をサポートするためのお店が揃うショッピングスポット・COREDO日本橋を、黒い三連星のジェットストリームアタックをかわすガンダムのようにすり抜け、向かうは信号待ちの車で、まったく姿形が見えない日本橋へ。 昨年9月の東京タワーに引き続き、貴重な東京滞在時間を、とんだ茶番に付き合わされるかわいそうなwakoさん。羽田へ向かうエアポート快特が日本橋駅に到着する15:41まで残りあと54分。 |
今週のBGM
Perfume 『 エレベーター 』









